大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1933号 判決 1969年9月29日
控訴人
有限会社岡惣運動用品店破産管財人
池尾隆良
代理人
杉野弘
被控訴人
大阪市
指定代理人
平敷亮一
外二名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。<中略>
(控訴人の主張)
一、被控訴人主張の本件水道水は、民法三一〇条の飲食品に該当しない。
(1) 法人自体は、飲食するということはありえないから法人自体の生活に必要な飲食品というものは考えられず、本件水道水は訴外破産会社である有限会社岡惣運動用品店たる法人自体の生活ないし労働力の再生産に必要な飲食品ではない。本件水道水は、(イ)同社の運動用品修理の事業を遂行するに際し材料に水をつけたり、また手のよごれを洗うために使用されたもの(ロ)その他同社の営業に必要な接待等に使用されたもの(ハ)従業員の個人としての生活、たとえば食事洗濯に使用されたもの等であつたが、右(イ)(ロ)の水道水は営利法人たる会社が利益をあげるために使用したもので、とりわけ右(イ)の水道水は、たとえば染色業における染物のさらし用水、風呂屋における風呂水、飲食業における食品や材料を洗うために使用する水等と同様、会計学上材料費として原価に組み入れられているものであつて、法人のこのような目的に使用した水道水が民法三〇六条四号および三一〇条にいう「日用品」という概念に入らないことは明らかであり、さらに同条が債権者を保護しその反対的効果として債務者も保護するという立法趣旨から考えても、右のような利益をえる目的で使用された水道水の代金債権が同条によつて保護されると解することはできない。また、右(ハ)の水道水についても従業員個人の飲食品ということはできても、これをもつて法人自身の飲食品と解するのは、右法条の解釈を誤つているものといわねばならない。
(2) 法人の従業員は、民法三一〇条の債務者またはその扶養すべき同居の親族に該当しない。そこで、法人の従業員が同条にいう「僕婢」に該当するかどうかであるが、訴外有限会社岡惣運動用品店は、その機関として代表取締役が訴外渡辺文雄ほか一名、監査役が一名おり、これらの者は従業員も兼ね、他に従業員として右渡辺の長男、長女、二女のほか三名が同社の営業に従事し、同社は本店でいわゆる卸売をするほか右渡辺の個人所有の家屋を営業所に使用しいわゆる小売をしていたが、本店には右渡辺夫婦、その長男、長女および二女が、小売部には他の従業員三名が起居していた。同条にいう僕婢とは、女中、下男、書生のように家庭的な労務のために雇傭されたものであつて、たとえ債務者と同居しているものであつても事務員のようなものは含まれないと解すべきであるから(同旨東京区判昭六・四・七法律新報二五八号二七頁)、同社の従業員は同条の僕婢に該当しない。
(3) 仮に、同社の従業員が同条の僕婢に該当するとしても、従業員が法人の業務を遂行するについて必要とする飲食品としての水道水を使用する場合は、のどがかわいた時に飲む水度のもので微少であり、よごれた手を洗つたり商品や材料を洗うために使用する場合は、飲食品に該当しない。
二、仮に水道料金債権が民法三一〇条の先取特権に該当するとしても、被控訴人主張の本件債権中にはメーター料および下水道使用料が含まれているが、これらは右先取特権に該当しない。
(1) 民法三一〇条にいう飲食品の供給とは、飲食品自体の供給およびこれをするについて密接不可分の関係にあるものに限ると解すべきところ、本件メーター料は上水道水の供給と密接不可分の関係に立たない。けだし、メーターを使用するかどうかに関係なく上水道水の供給自体は容易にすることが可能であるからである。そして、メーターを使用するのは、あくまで供給者において料金計算および徴収の便に資するためであつて、上水道水の供給自体に必要不可欠ではなく、またメーター料金は日用品供給ないしこれと密接不可分の関係にあるものの対価ではないから、同条の飲食品の供給による債権に該当しない。
(2) 次に、下水道使用料は、たとえ下水道施設を使用することの対価であつても、上水道水の供給と密接不可分なものの対価はなく、下水道は人としての生存を維持するため直接必要とするものというよりもむしろ、人としての生存を前提としてこれをより良くするため公衆衛生上の見地から必要とされているものであつて、現に下水道事業をしていない市町村も多く存在するのであり、民法の先取特権はこのようなものまで保護するための規定ではないから、同条の保護の対象とならない。
三、仮に、本件水道料、メーターおよび下水道使用料のすべてが飲食品の供給による先取特権であるとしても、訴外有限会社岡惣運動用品店の代表取締役夫婦、その長男および二女は昭和四一年一一月二四日いわゆる夜逃げをして所在不明となり、それ以後同社の本店には同社の訴外債権者が詰めかけていたものであり、同月二五日以降は同社において水道水の供給をうけた事実は全く存在しないから、同日以降の右料金債権は同社に対する飲食品の供給による先取特権ではない。
(被控訴人の主張)
一、法人の機関または従業員が水道水を使用する場合、水そのものの使用が飲用水のように機関または従業員の個人生活の維持のために使用されるときは、日用品たる飲食品といわざるをえない。そして、訴外有限会社岡惚運動用品店に供給された水道水は、同社の営業所で起居する店主、家族および従業員の日常生活に使用されたのである。
二、仮りに、本件水道水が同社の営業目的に使用されたとしても、通常の場合、生活用水と営業用水の量的範囲を明確に区分することはできないから、法人において使用される水道水を主としていずれの目的に使用されるかによつて、その両者の区別を決せられねばならない。同社の場合は運動用品の卸売を業とする企業の業種態様からして営業目的に使用される水があつたとしても、店主、家族や従業員らの日常生活に使用される水量に比べ僅少であり、全体としては生活用水に使用されたものというべきであるから民法三〇六条にいう日用品、しただつて三一〇条の飲食品に該当する。
三、同社は、同社所有の本件建物と同社取締役渡辺文雄の個人所有の訴外建物を使用して、運動用品の卸売を営業していたものであるが、被控訴人は同社を給水申込者として同社所有の本件建物において水道水を供給していた。そして、本件建物の一階部分は同社の主たる店舗として運動用品の卸売部門に使用されており、その二階部分は右渡辺文雄、その妻およびその子三名ならびにその実母により住居として使用されており、被控訴人が供給した水道水は右居住者の炊事、洗濯、飲料その他日常生活に使用していたものであり、同社の運動用品の修理業務は訴外建物において行なわれていた関係上、その修理業務に使用した水道水は本件水道水には含まれていない。よつて、本件水道水は同社の機関たる渡辺文雄およびその家族の日常生活に供されていたものであるから、本件水道料金債権は民法三〇六(三一〇条)の先取特権に該当する。
(証拠関係)<省略>
理由
一、被控訴人が訴外有限会社岡惣運動用品店に対し昭和四一年一〇月一六日から昭和四二年二月一四日までの間に水道水を供給し、その水道料金(上水道料金、メーター料および下水道使用料を含む)合計二、二〇〇円の売掛代金債権を有すること、同社が昭和四二年二月二七日大阪地方裁判所昭和四一年(フ)第三九七号破産事件において破産の宣言をうけ、控訴人がその破産管財人に選任されたこと、および被控訴人が同裁判所にその主張のように右売掛代金債権を優先破産債権として届出をしてこれが受理され、その債権調査期日に控訴人が右届出債権の優先権について異議を述べたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、本件水道料金債権が民法三一〇条(三〇六条四号)により破産法三九条の優先破産債権に該当するかどうかについて判断する。
(1) 地方公共団体の公の施設ないし公営事業は、公法的色彩を帯びる法規に服するけれども、その使用料ないし料金は、必ずしも常に公法上の性質を有するとは限らず、ことに地方公共団体の水道事業の経営は、公共の福祉の増進を本来の目的としているが、他面、企業の経済性発揮の原則を維持し、独立採算制を建前としてその運営経費は事業収入に依存するものとし(地方公営企業法三条、一七条の二第一項参照)、水道水の供給とその料金の支払とは相互的対価関係に立つものであり、その限りにおいて私法上の双務契約と性質を異にするものではなく、また、水道法一五条一項は「水道事業者は需用者から給水契約の申込をうけたときは……」と規定して、水道事業者と需用者の関係が対等の立場に立つ契約関係をあらわす文言を使用していることなどから考えると、地方公共団体の水道事業における水道水の供給による水道料金債権は、その性質が私法上の債権であつて民法の適用をうけるものと解すべきである。
(2) 民法三〇六条四号は、日用品の供給によつて生じた債権を有する者は債務者の総財産の上に先取特権を有するとし、また同法三一〇条は、日用品供給の先取特権は債務者またはその扶養すべき同居の親族およびその僕婢の生活に必要な最後の六ケ月間の飲食品の供給について存在する旨規定しているが、このような規定は飲食品などの日用品が債務者やその家族らの日常生活に必要不可欠であり、その供給による債権額が比較的少額であることに着眼してその債権を他の一般債権に優先させる方法で保護することにより、債権者に債権確保の信頼を厚くするとともに、資力の乏しい債務者に対してもその者やその家族らの日常生活に必要な物品を供給させようとする趣旨であると解されるから、右法条の適用があるかどうかは、所定の日用品を供給した債権者が弱小債権者であるか地方公共団体であるかなどの債権者側の資力や人的性格の如何によつて区別すべきではなく、むしろこの点では債務者の側からみて、その債権が債務者またはその扶養すべき同居の親族およびその僕婢の生活に必要な所定の日用品の供結によつて、生じたものであるかどうかによつて決すべきである。営利を目的とする法人を給水申込者とする水道料金債務の債務者がその法人自身である場合には、たとえ水道水がその法人の機関やその家族あるいは法人の従業員の日常生活のために使用され、個人の飲食品の一部となりえても、これらの個人は民法三一〇条の「債務者」に該当せず、また債務者の「扶養スヘキ同居ノ親族」にも該当しない。そして同条の「僕婢」は、その供給する労務が債務者の飲食等に関する労務に限定されないけれども、雇人(民法三〇六条二号、三〇八条参照)と同ではなく、債務者たる使用者との間に従属的関係があり、債務者自身の家庭的労務のために雇傭される者をいうから、右法人の機関やその家族あるいは法人の従業員は、法人たる債務者の「僕婢」にも該当しないと解すべきである。このように解することは、自然人と区別される法人自身には、営業またはこれに付随する業務のために水道水を必要とすることはあつても、自然人におけるような人間の日常生活に必要な飲食品の概念を認める余地がないと解する見解と、結果的には規を同じくするものであるが、このように解すると、水道水等飲食品の供給について法人の機関や従業員たる個人の生活の維持を困難にすることになりはしないかとのおそれがないではないが、このような場合には、その個人が直接に独立の供給申込者として行為することによつて、同条の救済をうけることができるのであるから、その救済の方途をとざすことにはならないであろう。
(3) これを本件についてみるに、本件水道料金債務の債務者が訴外有限会社岡惣運動用品店であることは当事者間に争いがなく、<証拠>を合わせ考えれば、同社はその所有の本件建物について階下を本店および卸売部として、また階上を住宅用として使用し、右階上には同社代表取締役渡辺文雄およびその家族である妻、長男、長女および二女が居住し、右四名は同社従業員でもあり、そのほかに右渡辺の実母が居住していたこと、同社は右建物において被控訴人より本件水道水の供給をうけてこれを使用したが、その使途は接客の湯茶、掃除、撒水、水洗便所、従業員の飲料や炊事等であり、スポーツ用品の修理に付随して使用される水道水はスキー靴の水洩れ調査や皮革を浸水する場合に訴外建物の同社小売部で訴外水道水を使用する程度で僅少であり、本件水道水の大部分は右渡辺とその家族の飲食事その他日常生活のために使用されたこと、右渡辺は同社の経営不振により昭和四一年一一月二〇日過ぎごろ本件建物より他へ転居したが、その長女である多田信子はその後もなお同社のため本件水道水を使用したことが認められ、右認定を妨げる証拠はなく、右事実によれば、本件水道水は同社の機関である代表取締役とその家族や同社従業員の飲食事その他日常生活などのため使用されたが、これらの者は本件水道料金債務の債務者自身ではなく、またその僕婢にも含まれないというべきである。
したがつて、被控訴人の訴外有限会社岡惣運動用品店に対する本件水道料金債権二、二〇〇円は、民法三一〇条の供給対象としての「債務者又ハ其扶養スヘキ同居ノ親族及ヒ其僕婢」に関する要件を欠くから、同条の先取特権に該当せず、これが先取特権であることを前提とする被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである。
三、よつて、以上と異なる見解のもとに被控訴人の本訴請求を認容した原判決は、不当であるから取り消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条および八九条を適用して、主文のとおり判決する。(亀井左取 松浦豊久 村上博已)